亀岡商工会館の歴史

亀岡商工会館の歴史

保津川水辺に佇む亀岡商工会館は、 大戦前後をつうじて存続した木造平屋建ての保津川下り乗船場に代わり、 1958年に保津川観光会館として建設されました。 1973年に現在の名となり、1999年に亀岡商工会議所が他所に移転した後、 老朽化しつつ今日にいたっています。


保津川のほとりに立つ「亀岡商工会館」はこの水運をめぐる歴史的過程において姿を現した。保津川水運の由来はおよそ1200年前に遡る。上流の丹羽山地で伐りだされた木材が筏に組まれて保津川を流され、長岡京や平安京の造営のために大きな役割を果した。
1606年、京都の豪商であった角倉了以によって保津川(大堰川)は開削され、丹羽と京都を結ぶ舟運として、また大阪へもつながる水運として発展する。

1882年に老ノ坂トンネルが貫通、1899年に山陰線が開通した頃から丹羽材の輸送は鉄道に移行する。大正末期には、トラック運送の発展にともない、筏と荷船による水運の利用は次第に姿を消していく。
筏・荷船による水運利用の衰退とは逆に、1899年頃から保津川を遊覧する川下りとしての遊船が行われはじめる。
1907年10月、保津川遊船株式会社が設立され、後に遊船は、保津遊船株式会社と山元遊船株式会社の二社になる。

戦後の1948年、京聯自動車株式会社が山本浜と保津の浜における川下りの権利を買い取り、保津川遊船株式会社を新たに設立。
1949年、京都観光株式会社が保津橋の西詰にあった木造瓦葺平屋建て[亀岡市追分町下島40-1]の保津川下り乗船場の所有権を買い取る。

1950年春、保津川遊船株式会社は新たに許可を受けて川下りの営業をはじめた嵐山通船と対立、その後、嵐山通船を辞めて結成された保津川企業組合との対立に移行。
1952年5月25日、京都観光株式会社は保津川遊船株式会社へ商号(社名)変更。
1953年7月、保津川遊船株式会社と保津川企業組合の和解が成立し、遊船は保津川遊船株式会社の一社独占体制に復帰。

1957年12月10日、保津川遊船株式会社は本店(本社)を[亀岡市追分町下島40-1]に移行。
1958年10月20日、保津川遊船株式会社は木造瓦葺平屋建ての乗船場に替わり、鉄筋コンクリート4階建ての「保津川観光会館」を社屋として新築する。1階は乗船待合室で切符売り場や売店、2階には事務室と土産物屋があった。3階は宴会・宿泊のための客室が備えられており、4階には祝宴を催すことのできる大広間があった。

画像は保津川下りホームページ
船頭だより「~こんな会社の物語~ 保津川観光ホテル」より

1964年2月、保津川遊船株式会社の経営権は、親会社であった京聯自動車株式会社により阪急電鉄に売却される。保津川遊船株式会社の労働組合は、旧経営者である京聯自動車株式会社に抗議するも話し合いはつかず、1964年3月、阪急電鉄の新経営者と労働協定(条件)をめぐる争議が行われる。
阪急鉄道(資本)による経営となって4年目の1967年10月、労働協約の全面改訂を申し入れる会社側にたいして、労働組合はストライキの構えをみせる。
1968年4月、法闘争としてストライキを行う組合側に対し、会社側は5月15日にロックアウトを宣言、組合側は無期限のストライキに入る。労働争議はその後も解決されず、1969年1月、労働組合は自主運行を決定、同年3月20日、自主運行が開始される。

1969年9月10日、阪急電鉄は保津川遊船株式会社の営業停止を通告、経営からの撤退を正式に表明する。1969年12月9日、保津川遊船株式会社は阪急興産株式会社に商号(社名)変更。労働組合は企業組合に改組し、1970年3月13日、保津川遊船企業組合が発足。1970年3月13日、阪急興産株式会社は本社を大阪へ移転。

1972年10月11日、亀岡市商工会が「保津川観光会館[亀岡市追分町下島40-1]」の所有権を阪急興産株式会社から買い取る。
1973年、保津川観光会館は改装工事が行われ、8月に「亀岡商工会館」として完成。
1973年10月1日、亀岡商工会議所設立、同年10月12日、「亀岡商工会館」において亀岡商工会議所創立記念(竣工)式典が開催される。
亀岡商工会議所は1999年6月21日、1998年に開館した「ガレリアかめおか」へ事務所を移転。その後はテナントが数社入るも、基本的には無人の状態である。

2010年12月17・18・19日に『亀岡プロジェクト2010』が開催。これは京都学園大学(現・京都先端科学大学)人間文化学部における授業の一環で、岡崎宏樹(当時准教授)が美術家の藤阪新吾を講師に呼び、普通の学生(美術・美学を専攻していない学生)が現代アートの展覧会を開くものである。場所的・美術的な見方を通して学ぶ場として開講する。その後、毎年行われるも、2014年4月より岡崎氏が転任により、藤阪氏のみとなり、授業としては2016年が最後となった。
2012年12月、亀岡商工会館の所在地の近くに「サンガスタジアム by KYOCERA(京都府立京都スタジアム)」の建設が決定。しかし、周辺には天然記念物のアユモドキが生息し、水害も多く発生しているエリアであるため、住民や有識者の反発にあうが、2019年12月完成、2020年にオープンしている。

亀岡駅北側の再開発エリアにもなっており、建物の耐震強度問題や河川の改修工事などもあり、この数年で建て替えをする計画。

参照元:KAMEOKA PROJECT


KAMEOKA PROJECT 2010 場所の美と感性
KAMEOKA PROJECT 2011 場所の力
KAMEOKA PROJECT 2012 多趣一味
KAMEOKA PROJECT 2013 境界の華
KAMEOKA PROJECT 2014 過去と未来の間
KAMEOKA PROJECT 2015 Genus
KAMEOKA PROJECT 2016 Conviviarity

2010-2016年に亀岡商工会館で行われた「社会美学の実践」 ー美から社会を学び、社会から美を学ぶことー を目的とした現代アートの展覧会。